なでしこブログ 「UCとお呼びっ!」
潰瘍性大腸炎の私の日記 (切っちゃった大腸の12ヶ月とそれから)
歩くと詰まらない?!
今日も仕事場まで歩いてきた。
手術後退院してから1週間は家に居た。緊急入院から退院まで体重は、10キロも減っていた。床に落ちた物を拾おうとしゃがむと、何かにつかまらないと立ち上がれなかった。
情けないとしょんぼりしてた。あれから3ヶ月経った今では体重も元に戻った。
今でも歩いているのには、もう一つわけがある。退院してから、たった一日だけ歩かなかった日がある。予定がつまっていたその日は移動は全て車。そしてその日の夜に腹痛と吐き気が襲ってきた。奴には黙って我慢してた。少し横になれば治るかな?と思って。でもまったくよくならないし、吐き気もしてきた。トイレに行ってゲーゲーしてる所を奴に見つかった。
見かねて奴が救急外来に連絡し、1時間位待ってから車で病院へ向かった。病院へ着いた頃には吐き気は止まっていた。診察室に入ってお腹を出すとストーマのパウチに、今まで見た事ないくらい、もうこれ以上入らないくらいの便が出ていた。レントゲンを撮って血液検査もしてくれた。その先生が大丈夫だと言うので家に戻った。その事がキッカケで雨にも負けず風にも負けず毎日歩いている。
ま?私の気のせいかも知れないけど歩くと詰まらない?と思っている。
スポンサーサイト
ナンバーズ!
只今12時45分!たまたま今日買ったナンバーズ。当たってる?!こりゃまたびっくりの連続!ここまでラッキーが続くと、いやーな予感が。詰まっちゃうなんて事・・・まさかないよね?さぁー寝ようっと。
あ?疲れちゃった?
今、やっと仕事が終わった。ヒップハガーのジーンズより上のパウチがも?パンパンで服の上からでも明らかにもっこり。
知らない人は、何あれ?って思って当然。
私の仕事は世間の皆様がお休みの時こそいそがしい。
だから14日間休みなし! 今の日本 、この業種は結構厳しい。辞めていく所もかなり多い。だから忙しいなんて超有り難い。
だから大腸がなくてもがんばる私。でも時々心配になる。
大腸ないと寿命は短いの?こんなに働いて急に倒れたりしない? だけど主治医のスティーブン・セガール似のK医師に「どうですか?」と聞かれると「大丈夫ですよ」と言ってしまう。そーすると「君の大丈夫はあてにならないからな?」と言われる。
まーおしゃる通りですけど。
家に着いたらビールが届いてた。
キャンペーンに応募したやつだ?! 実は、K医師の手術を受けてから、ラッキーな事が本当に多い。やっぱり優秀な外科医は幸せもくれたのか??あと数ヶ月後に二度目の手術が待っている。この手術でストーマも粘液漏もなくなる。お願い!K先生。私にもっと幸せをください。ロト6の一等に当たらせてくれ?!それにし
ても、またパウチがパンパンだ。今日はガスがよくでる。
あ?疲れた。今日はパウチの交換日。最近ちょっと、かぶれ気味なので先日の外来で薬をもらった。リンデロンVローション。今日初めて使ってみる。あ?もう12時になっちゃう。さっさとお風呂に入って交換しなきゃ!明日も仕事だ?!
あーめんどくせーなー!
急な内視鏡検査に驚きながら検査は始まった。
その医師ともう一名は50代位の看護士の女性。
そして検査中、医師が言った。「あーめんどくせーなー」って。
確かに、くねくねしてる腸を検査するのは大変だと思うけどそんな事を言う医師がいる事に驚いた。
看護士の女性は慌てて「先生も大変なんだから。」とフォローした。
あー久々に嫌な人間に出会っちゃった?と思った。
医師として、ましてや人間としてどーなのよこの人!検査が終わってチャリで帰宅した。
検査とわかっていればチャリでなんか行くはずない。
奴には検査をした事は言ったけど、あんな事を言われた事は言わなかった。
言えばすぐに病院をかえろ!って言うに決まってるから。
そうしたらまた、一からやり直しだしどーせ薬だけだし。
その後の診察は、いつもその医師だった。
話すのもイヤだった。でも我慢して通った。
そんな所が私の悪い所。
通院はじまる。
M胃腸科医院で初めての診察。初老の穏やかな感じの医師だった。(名前は知らない) 紹介状を渡して「こちらは潰瘍性大腸炎の治療はやってらしゃいますか?」と聞くと「何人もいますよ。」と言われた。
安心して即日内視鏡の検査の予約をした。
ここでは、検査前に浣腸をするだけだった。
K県立がんセンターでは前日からの食事制限と2リットル位の薬を飲んだ。
病院によって全然違うんだな?と思った。
検査は診察した医師とは違った。(名前は知らない)結果はやはり潰瘍性大腸炎だった。
その医師が言うには、「女性は閉経するとこの病気も治まりますよ。」これは奴も一緒に聞いている。
そして2ヶ月に一度の通院が始まった。
勧められて特定疾患の申請もする事にした。
そして次の申請がやってきたので、診察日に用紙を持って行った。
その日の診察も前回の検査をした医師だった。
「じゃー今やっちゃおうか?」まじ??とびっくりした。
よっぽど暇なのかな?と思った。
それに話を聞くと前回はやった浣腸もしないらしい。医師がそれでいいと言ってるんだから大丈夫なんだろう...
病院探し
K県立がんセンターで内視鏡検査を受け、潰瘍性大腸炎と診断された。
その先生は「この病院では治療できないから紹介状をかくね。」と言った。
「どこの病院ですか?」と聞くと「Y市民病院だよ。」と言われ場所を聞くとこの病院と同じく家から遠かった。
憂鬱そうな私を察してか「もし自分でよい所があればそこでもいいよ。」と言って宛名のない紹介状を書いてくれた。今思えばそこが運命の分かれ道だった...かも。
ある人がよい病院があるよ。と教えてくれた。家から自転車でもバス1本でも通える所だったのでとりあえず行ってみた。
そして昨年末の入院まで、そのM胃腸科に通院していた。
2003年 春
健康保険組合で受けた検便の結果が来た。
便潜血反応陽性のため精密検査を受ける様にと書いてあった。
それを見た奴は、「K県立がんセンターでついでに診てもらったら?」と言った。
私は5年程前から半年に一度子宮の検診にK県立がんセンターに通院している。
そしてここで潰瘍性大腸炎と診断された。
おつかれ?
今日も一日が無事に終わろうとしている。
仕事の後のビールはうまい!
年末の緊急手術からもうすぐ4ヶ月。スティーブン・セガール似のK医師からアルコールOKをもらっているから毎日仕事が終わると飲んじゃってる私。
ただあんまり飲み続けてると、
奴に見つかり「いーかげんにしろ!」と怒鳴られた。
そうそう私には、大腸がないって事をすっかり忘れちゃって?!昨日の外来で、K医師から聞かれた。「働いてるの?」って。「はい。えー皆働いてないんですか??」と聞くと「そうなんだよね?働けないって思っちゃうみたいで。」と。優雅な患者さんが多いんだ?とびっくりした。
うちなんか5年前に買った家のローンがまだ30年近く残っている。頑張って繰り上げ返済するか、毎週買っているロト6が当たるかしない限り70才まで払い続けなきゃなんない。
だから大腸がなくたって毎日働いてる。もちろんこの仕事も大好きだから。私の朝はセットした目覚まし時計より早くストーマのパウチの膨らみで起こされる。
退院してから3回程爆発事故を起こしている。今ならまだ暖かいからいーけど、冬の早朝爆発は、ほんと辛かった?すぐにお風呂を沸かしてリムーバーでパウチを剥がす。
あーこれも私の人生だ!と思いながら。今日もまさかと思うけど詰まらない様に、爆発しない様にと願いながらおやすみなさーい。
4月26日
今日は、退院してから3回目の外来。
入院当時あんなに弱っていたのが嘘のように今では
普通の生活に戻っている。
これも全てスティーブン・セガール似の命の恩人のおかげだと
本当に感謝している。
そして今日からやっと書き始めたこの日記。
前から奴にしつこく
「皆の助けにもなるから書きなよ。」と言われてきたけど
こーゆーのってどーもオタクっぽくって好きじゃなくって。
それに結構あきっぽいし。
それでも奴は「これから手術を受ける人達の役に立つから。」
としつこい!本当に役に立つかはわからないけどとりあえず
一年を目標に書いてみようかな?奴とは
私の旦那の事ですから?!