この時間になると、病棟も冷え込んでまいりました。
足が冷たくなっちゃったので、病室のベッドに戻って靴下をはいてゴロゴロしてます。
今日は、面会開始時間のPM1時に実家の両親が「おせち」を持ってやって来た。
もちろん、その「おせち」は、私へのお見舞いではなく・・・私が留守中で不便であろう孫たちと奴のためのもの。
私の見舞いがてら、「おせち」の受け渡し場所はこの病室のはずだった。
1時を少しまわったあたりで母が現れた。
駐車場がすでに満車で、順番待ちのため、母だけ先に車を降りてやってきたらしい。
少しすると奴からメールが来た。「駐車場凄い混んでるよ。1時間は待つな〜まだ掃除の途中だし、正月の買い物もできてないんだよな〜」
母が思い付いたように言った。「それなら、お父さんもまだ待ってるから、車探して、先におせちを積みかえておいたら?」
そして父の車から無事に「おせち」を受取った奴は、そのまま家へと戻って行った。
しばらくして父が現れた。「や〜待たされたな〜」
母が来てから1時間近く経っていた。
私を見て「顔色もいいから安心した。」と言いながら、1時間ほど、つまらないことを話しまくり、帰って行った。
その後、私は、ついさっきまで、病棟のディルームで、一人で「かながわコロン」総集編という冊子をよみふけっていた。
はす前のベッドの、この病院で3回目の手術を受けられたCDの方に奨められて読んでみたけど、すごく興味深いものだった。
IBDでは、有名な福島先生を始めとする先生方のお話や、患者さんたちの経験談が載っていた。
読みながら、「私が病気に前向きで、もっと早くに、こんな患者会のことを知っていたら、今ごろはまだ大腸はあったかな?軽症で済んでたのかな?」なんて、ちょっと思った。
さてさて、今夜の夕食は「年越しそば」出るのかな・・?
献立見てこよっ!(*^_^*)
足が冷たくなっちゃったので、病室のベッドに戻って靴下をはいてゴロゴロしてます。
今日は、面会開始時間のPM1時に実家の両親が「おせち」を持ってやって来た。
もちろん、その「おせち」は、私へのお見舞いではなく・・・私が留守中で不便であろう孫たちと奴のためのもの。
私の見舞いがてら、「おせち」の受け渡し場所はこの病室のはずだった。
1時を少しまわったあたりで母が現れた。
駐車場がすでに満車で、順番待ちのため、母だけ先に車を降りてやってきたらしい。
少しすると奴からメールが来た。「駐車場凄い混んでるよ。1時間は待つな〜まだ掃除の途中だし、正月の買い物もできてないんだよな〜」
母が思い付いたように言った。「それなら、お父さんもまだ待ってるから、車探して、先におせちを積みかえておいたら?」
そして父の車から無事に「おせち」を受取った奴は、そのまま家へと戻って行った。
しばらくして父が現れた。「や〜待たされたな〜」
母が来てから1時間近く経っていた。
私を見て「顔色もいいから安心した。」と言いながら、1時間ほど、つまらないことを話しまくり、帰って行った。
その後、私は、ついさっきまで、病棟のディルームで、一人で「かながわコロン」総集編という冊子をよみふけっていた。
はす前のベッドの、この病院で3回目の手術を受けられたCDの方に奨められて読んでみたけど、すごく興味深いものだった。
IBDでは、有名な福島先生を始めとする先生方のお話や、患者さんたちの経験談が載っていた。
読みながら、「私が病気に前向きで、もっと早くに、こんな患者会のことを知っていたら、今ごろはまだ大腸はあったかな?軽症で済んでたのかな?」なんて、ちょっと思った。
さてさて、今夜の夕食は「年越しそば」出るのかな・・?
献立見てこよっ!(*^_^*)
昨日の朝の検診は、F先生と研修医のK先生の二人だけだった。
病院は、すっかりお休みモードで先生の数も少ない。
手術の傷の抜糸を半分した。
昨日は、ガスもうんこも思うように出ず、最悪な一日だった。
お見舞いにやってきた義父と義弟夫婦にも、ベッドに寝たままの対応になった。
しかも、私の苦しそうな姿に見かねて、5分くらいで帰って行った。
夕方には、吐気がしてきてトイレの便器に向かって「オエッオエッ」やった。
これまた、出ればすっきりしたんだろうけど何も出ず。
「オエッ」は、腹筋を使うもんだから、ストーマの閉鎖した傷がすっごく痛くなっちゃった。
布団にくるまってると、夕食が届いた。
まるで食べる気がせず、一口も食べずに返却した。
その後も何度もトイレに行っては、またベッドへを繰り返した。
苦しくて、あぶら汗が出てきた。
何回目かのトイレで、やっと「ニョロニョロ〜」っと、うんこが出てきた。
そして遂に「ブリブリーッ」っと、すっごいガスが出た。
少し救われた。
お腹の痛みも、少しやわらぎ、眠るのも楽だった。
今朝は、K先生の回診で、ホッとした。
半分残ってた抜糸も終り、お腹には、あとはドレーンだけ入ってます。
K先生に、昨日の様子を話すと、「採血とレントゲンしようか。」と言われた。
先生は、お腹の触診をして、「問題ないけどな〜」と言った。
続いて「お尻見せて〜」と、お尻の診察。
今日は、肛門がただれてないか診ただけ。
「キレイだよ〜お尻。」
踏ん張りすぎてヒリヒリするものの、痔にはなっていなかった。
「もう腹帯しなくていいよ。それに漏れないなら、普通のに履き替えたら?(はくオムツのこと)」
腹帯はやめたけど、安心だからやっぱ履くオムツのままにした。
お昼頃、運動のため病棟をくるくる歩いていると、先生がやってきた。
「血液検査は異常ないけど、お腹がね、ガスがたまってるね〜お昼はどのくらい食べた?」
「お魚だけです。」
「食事、少しずつにしてみてくれる?」
そして先生は、私の歩き方がおかしいと、笑てた。
ひどい・・傷もお腹痛いんだから仕方ないじゃん。
病院は、すっかりお休みモードで先生の数も少ない。
手術の傷の抜糸を半分した。
昨日は、ガスもうんこも思うように出ず、最悪な一日だった。
お見舞いにやってきた義父と義弟夫婦にも、ベッドに寝たままの対応になった。
しかも、私の苦しそうな姿に見かねて、5分くらいで帰って行った。
夕方には、吐気がしてきてトイレの便器に向かって「オエッオエッ」やった。
これまた、出ればすっきりしたんだろうけど何も出ず。
「オエッ」は、腹筋を使うもんだから、ストーマの閉鎖した傷がすっごく痛くなっちゃった。
布団にくるまってると、夕食が届いた。
まるで食べる気がせず、一口も食べずに返却した。
その後も何度もトイレに行っては、またベッドへを繰り返した。
苦しくて、あぶら汗が出てきた。
何回目かのトイレで、やっと「ニョロニョロ〜」っと、うんこが出てきた。
そして遂に「ブリブリーッ」っと、すっごいガスが出た。
少し救われた。
お腹の痛みも、少しやわらぎ、眠るのも楽だった。
今朝は、K先生の回診で、ホッとした。
半分残ってた抜糸も終り、お腹には、あとはドレーンだけ入ってます。
K先生に、昨日の様子を話すと、「採血とレントゲンしようか。」と言われた。
先生は、お腹の触診をして、「問題ないけどな〜」と言った。
続いて「お尻見せて〜」と、お尻の診察。
今日は、肛門がただれてないか診ただけ。
「キレイだよ〜お尻。」
踏ん張りすぎてヒリヒリするものの、痔にはなっていなかった。
「もう腹帯しなくていいよ。それに漏れないなら、普通のに履き替えたら?(はくオムツのこと)」
腹帯はやめたけど、安心だからやっぱ履くオムツのままにした。
お昼頃、運動のため病棟をくるくる歩いていると、先生がやってきた。
「血液検査は異常ないけど、お腹がね、ガスがたまってるね〜お昼はどのくらい食べた?」
「お魚だけです。」
「食事、少しずつにしてみてくれる?」
そして先生は、私の歩き方がおかしいと、笑てた。
ひどい・・傷もお腹痛いんだから仕方ないじゃん。



